仕事とお金と自殺

とりあえずみんな働く

 日本では多くの人が仕事をしている。
正社員にしろバイトにしろ日雇いにしろ 、労働してお金を得ている訳だ。
楽しんで仕事をする者、仕事に喜びを感じる人もいるだろうが、 昨今は仕方なく働く人が増えているようである。
なぜいやいや働く人が増えたと言い切れるか。ストレス、うつ病、 自殺者の増加がそれを証明しているといって良いと思う。

 さて、働きたくない人になぜ働くのか?と問えば

  1. 生きるため
  2. 生活するため
  3. 世間体があるから
  4. 普通はみんな働くから

こんなところだろうか。
まぁ、3に関しては「働かないと自分の居場所がないから」
4は「周りといっしょでないと、落ち着かないから」と言い換えられると思う。
結局、生きるために働く、生きやすくする為に働くということになる。
しかたなく生きるために働く。
けれども、仕事(作業)に楽しみを見つけようとしたり、 「自分の好きな業界に入ったんだから、苦しくとも頑張るんだ」と思い込んだりと 工夫する。
仕事を楽しいものにする作業をする。お金を稼いでいくために。
またある者は「しかたないんだ」と諦めたり、酒やギャンブルでストレスを吐いて、 考えないようにする。生きていくために。

 生きていくために、お金を稼いでいるはずなのに、 仕事に意味を求めている。
または、せっかく稼いだお金をストレスを消すために、 すなわち再び仕事に向かうために使っているように私には見える。
その結果、むちゃくちゃな労働条件や残酷な同僚にさらされつづけ、 私のように髪の毛を失ったり、胃に穴をあけたり、はたまた命を失う人までいる。
毎日に希望を見出せなくなって、ゾンビのように日々をこなすしかなくなる人もいる。
社会に突き放されて、外の世界を拒絶するようになってしまう人もいる。
ん? これでは生きるために労働しているはずが、 仕事に殺されているじゃないか!
少なくとも小生にはそう見える。
労働によって生きる輝きが失われているように思える。

生きるための仕事

逆に考えれば・・・・・・ここからは小生の独自な考え方になるのだろう。
たとえば、このホームページ。
ネタになるからと、行きたくもない職安や職業訓練に向かい、 やりたくもない面接やカウンセリングに行く。
毎日日記をつけ、ポエムや短編をまとめるために公園に昼寝に行く。
掲示板にレスをつけ、ネットラジオなんぞもやってみる。
このホームページやネットラジオをしていなければ、いまだに禿に悩んで 引きこもっていたことだろう。
小生の命は、ホームページやネットラジオによって磨かれ、 鈍く鈍く、それでも輝き始めた。
これらの行動は、今のところ一切お金を生んでいない。
けれども小生の生きるエネルギーと成っている。
だからはっきりといえます。
このお金にならない社会的にまったく意味を持たない行為こそが、 小生の生きる糧になっている。
だいぶ生き返りました。

労働ごときに殺されるなよ

小生は仕事とは生きる糧を得ること と考えている。
糧を得るってことは、生活するお金を得るって事で、結局働くことじゃないか!
と思われるかもしれないが・・・・・・確かにそのとおりである。
金がなきゃ現代社会で生きていけない。
しかしちょっと待ってほしい。
もし、仕事とは生きる糧を得る事とするならば、小生は思うのである。
労働にすべてを求めなくても良いではないか。
労働を一番にもってくる必要はないのではないか。
労働には、生活費だけを求めればよい。
楽しみ、生きがい、そんなものは他の仕事に任せる。
やりがいのある労働でなくとも、自慢できる労働でなくとも、 給与の薄い労働でも一向に構わぬ。
そう考えれば、少なくとも労働に支配され、 労働に殺される危険性は なくなるのではないかな。
一分一秒でも多く労働しようと思ったり、人より抜きん出た労働をしようと したりする必要がなくなる。
労働でのみ評価され、給与の厚さに価値を見出す「労働第一主義」の 舞台から、飛び降りる。その日まで



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